熊野御前と熊野の長藤

 ひと月ほど前の記事で紹介させていただいた池田の渡しと共に、磐田市池田には「熊野の長藤」(ゆやのながふじ)で有名な行興寺があります。普段は落ち着いた雰囲気の行興寺ですが、4月中旬から5月上旬にかけ境内に植えられた長藤が開花し、多くの花見客で賑わいます。今週月曜日には地元紙に『藤色カーテン 甘い風にそよぐ』と写真付きで掲載され、例年より10日早く満開を迎えているとのこと。しかも天気予報によると明日からは雨曇りが続くようなので、早速訪れてみました。


 「熊野の長藤」の熊野とは熊野御前(ゆやごぜん)のことです。平安時代末期にこの池田の地に生まれ、平宗盛の寵愛を受けた女性です。その熊野が植えた長藤と伝えられるのが「熊野の長藤」で、樹齢およそ800年以上(推定樹齢850年)と言われています。この長藤は国の天然記念物に指定され、開花後の花房の長さは1m以上になります。境内にはこのほか静岡県の天然記念物の指定樹が5本あり、樹齢はおよそ300年以上と伝えられています。


 そして、行興寺の北側には西法寺公園があり、こちらにも藤棚が広がっています。藤棚の面積は寺の境内と合わせて約1,600㎡で、こちらの藤は行興寺に植えられている熊野の長藤を接ぎ木したもので、長藤のDNAを受け継いでいます。今日は人出も多く写真を撮るタイミングが難しかったのですが、マスク越しにも藤の甘い香りが感じられ、シャッターチャンスを待つ時間もいいものでした。


 この西法寺公園の一画には、熊野没後800年にあたる、平成10年(1998年)に建てられた「熊野伝統芸能館」があり、屋外型の能楽堂が付設されています。設営可能な客席数は350席、藤棚を借景とした本格的な能舞台で、能や薪能などが上演されます。


 ここで熊野御前についてですが、熊野は平安時代末期、池田荘(現・磐田市池田)の荘司の藤原重徳の娘として生まれます。紀州の熊野権現に祈願し授かったことにより、熊野(ゆや)と名付けられます。その後、美しく成長した熊野は、教養豊かで和歌に通じていることから、当時、遠江国守であった平清盛の三男・平宗盛(たいらのむねもり)に見初められ京の都に上ります。宗盛は今年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で平清盛の後継者として、俳優・小泉孝太郎さんが演じている人物といえばピンとくる方がいるかもしれません。


 その後、京での暮らしが数年経った熊野御前の元に、故郷池田から侍女・朝顔が母の手紙を持って訪れます。手紙には母の病の知らせが書かれており、熊野は宗盛に里帰りを申し出ますが、宗盛は里帰りすることを許しません。しかし翌春、清水寺の桜見物の席で熊野が「いかにせん 都の春も惜しけれど 馴れし東の 花や散るらん」と詠んだ望郷の念を込めた歌に心に打たれ、宗盛はついに熊野の思いを受け入れます。

 池田に帰った熊野は母に再会しますが、母の命は短く、さらに宗盛は壇ノ浦の戦いに敗れ、その後刑死し、平家滅亡を聞いた熊野は、池田の地で草庵を結び尼となり、33歳の若さで静かに生涯を終えます。熊野が祈りを捧げた草庵の跡が現在の行興寺で、境内には熊野と母の墓があり、熊野の命日と言われる53日には毎年供養祭が行われています。




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【行興寺.1】
熊野が植えたとされる長藤。国指定の天然記念物です。



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【行興寺.2】
同上花房。


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【行興寺.3】
山門。冠木門となっています。


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【行興寺.4】
藤棚越の本堂の甍(いらか)。藤棚の下にはテーブルとベンチが設えられ、お茶を飲んだり下から長藤を見上げたりすることができます。


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【行興寺.5】
熊野と熊野の母の墓。墓石は格子戸の奥にあります。


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【行興寺.6】
県指定樹の長藤。「天竜の 川風熊野の 藤揺らす」「ひろこ」と石碑に刻まれています。「ひろこ」さんとは?これは磐田市歴史認定に出題された問題でもあり、答えは俳人の「有馬ひろこ」さんです。物理学者で文部大臣を務めた政治家、東京大学総長を務め、地元・静岡文化芸術大学では初代理事長を務められた有馬朗人さんのご夫人だそうです。



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【行興寺.7】
県指定樹の長藤。左側は熊野歌碑「いかにせむ 都の春も 惜しけれど 馴れし東の 花や散るらむ」と刻まれています。



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【行興寺.8】
同上花房。


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【行興寺.9】
赤藤。



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【西法寺公園.1】
西法寺跡に造られた藤棚。こちらの藤は行興寺の長藤を接ぎ木したものです。


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【西法寺公園.2】
藤棚と回廊が巡っていて整然としています。


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【西法寺公園.3】



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【西法寺公園.4】




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【西法寺公園.5】



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【西法寺公園.6】


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【西法寺公園.7】
元、この地にあった西法寺についての案内板。鎌倉時代の貞永年間(1232年)に創建され、現在は浜松市中区鴨江に移転し改真寺となっています。


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【熊野伝統芸能館.1】
熊野伝統記念館は屋外型の能舞台を備え、観世流の伝統をふまえ建築されました。残念ながら舞台は半外部ということで養生シートでカバーされていました。


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【熊野伝統芸能館.2】
舞台の広さは三間四方(約5.4m×5.4m)で鏡板(かがみいた)の老松・若竹は、皇太子殿下ご成婚奉祝記念能の際に、老松・若竹の描画を担当された谷勝郎氏の制作で、揚幕(あげまく)は観世能楽堂と同じ様式のものです。



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【熊野伝統芸能館.3】
北側外観。


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【熊野伝統芸能館.4】
屏風には「いかにせん 都の春の惜しけれど なれし東の 花やちるらん」と書かれています。



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【熊野伝統芸能館.5】
展示室には謡曲「熊野」に関する資料等が紹介されています。
中央は能面で夢幻吉之助作「万媚」(女系)とのことです。



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by team_baku | 2022-04-20 18:50 | 所感・雑感 | Trackback(2)

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