新聞連載小説「ゆうびんの父」

 先月1月25日より地元紙・静岡新聞において朝刊連載小説「ゆうびんの父」が始まりました。著者は門井慶喜氏、これまで門井氏の著作を数冊読んでいたことや、「ゆうびんの父」と言ったら地元・磐田市にも関わりのある「前島密」の事だろうと、より興味を持って読み始めました。

 前島密といえば、日本で初めての郵便制度を作り、1円切手の肖像に使われ、明治初期に中泉(なかいずみ)奉行を務めた人物という程度の知識でした。また、一昨年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」では明治新政府の改正掛が新たに作られたシーンでは、当時注目していた赤松則良と共に改正掛に登用され「私は日本の郵便の父になる!」と宣言したシーンが印象的でした。

 現在新聞小説は11話、主人公・房五郎(前島密)は天保6年(1835年)1月7日に越後国頸城郡下池部村(現・新潟県上越市下池部)に生まれます。母・ていは三百石取りの高田藩士・伊藤家の子女で、娘時代には城に入り藩主の奥務めをしていたとのこと。父・助右衛門は豪農の跡取りでしたが、房五郎が生まれた半年後に病没し、4年後ていは房五郎を連れ、高田郊外の小さな民家を借り、母ひとり、子ひとりの生活を始めます。ていは裁縫などの仕事で生業をたて、少ない収入から錦絵や往来物(当時の初等教科書)を購入し、房五郎を厳しく教育したという事です。

 筆者はこの頃からの母の教えが、将来一貫してぶれない信条を持つ前島密を作り上げたのだと暗示しているかのように思えます。そして現在(新聞小説上)、5歳の房五郎は母からの言いつけで高田から13里(約50km)離れた糸魚川の叔父(ていの弟)・相沢文仲の元に一人徒歩で向かっています。このあとどんな困難が待ち受けているのか。名前を「密」と改名したのは中泉奉行の時だということです。いろいろ気になることがありますが、読み続けていくうちに解明されることと思います。

 そして、タイトルの「ゆうびん」が平仮名なのが気になったのですが、調べてみますと、前島密はひらがな文化を普及させるため、明治6年から7年にかけ「まいにちひらがなしんぶん」を発行したそうです。そんな理由で筆者は「ゆうびん」としたのではないかと想像しています。

 また、どの新聞社で連載されているのか、分かる範囲で調べてみたのですが、新潟日報、福井新聞、岩手日報、茨城新聞、上毛新聞、紀伊民報、四国新聞、徳島新聞、山口新聞、佐賀新聞、静岡新聞の11社でした。まだ他紙があるかもしれませんが、前島密の出身地の新潟日報は昨年の6月22日から連載が始まっていたようですし、7月から始まっている新聞もあるようです。地元・静岡新聞は今日2月5日の時点で11話ですのでまだまだこれからで、今後が楽しみです。



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【JR磐田駅】
駅南口(旧中泉奉行所側)



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【前島密像.1】
駅南口、タクシー乗り場の歩道奥に設置されています。



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【前島密像.2】
 右の石碑は前島密が地元政治家・青山宙平を称えた文が刻まれたものです。青山宙平は明治時代の政治家で前島密の業績を継ぎ、生活困窮者や身体障害者の救済に尽力しました。また、東海道本線の路線が自身の土地に掛かると、その土地を提供するなど、地元磐田の行政に貢献しました。孫の青山士(あきら)はパナマ運河工事に携わった唯一の日本人土木技師で、日本では荒川放水路の工事に携わりました。


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【前島密像.3】
 左は書状集箱(郵便ポスト)。模造品で鉄板で造られています。当時は木製で、明治4年(1871年)の郵便創業時には、東京に12ヶ所、京都に5ヶ所、大阪に8ヶ所、そして東海道筋の宿場等に62ヶ所設けられていたとのことです。各宿駅には運送員8人ほどが配置され、宿駅間を受け渡し、東京ー大阪間を78時間で運んだそうです。



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【前島密像.4】
前島密の胸像。



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【御殿遺跡公園.1
前島密が奉行をしていた中泉奉行所などの跡地に造られた公園。
詳細は以前の記事、「古代から続く御殿の地」をご覧ください。



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【御殿遺跡公園.2】
発掘調査によりこの御殿(注・地名)・二之宮には弥生時代から中世・近世に至る遺構が発見されました。奈良時代には遠江国府が置かれ、戦国末期には徳川家康の御殿が建てられ、鷹狩の休息・宿所として21回も滞在したとのことです。江戸時代には中泉陣屋が建てられました。



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【救院跡の碑】
前島密は中泉奉行時代に明治元年(1868年)に起きた天竜川の氾濫による被害を受けた住民を救済するため、近隣の寺院の協力を得て「中泉救院」を開設しました。その跡地を示す石碑です。JR磐田駅北口から北に伸びる県道56号、通称ジュビロードを北へ600mほどの所、知久屋磐田ジュビロード店の駐車場の一隅に設置されています。


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【旧中泉農学校 講堂】
これは救院跡の碑の道路向い側ですが、これまで手前に建っていた明治安田生命磐田営業所ビルが解体されたため、見えるようになった旧中泉農学校の講堂です。明治41年(1908年)竣工の木造講堂で、現在は県立磐田農業高校の記念館として保存され、県の登録有形文化財に指定されています。



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【門井慶喜氏 著作本】
「屋根をかける人」
 明治38年(1905年)にキリスト教布教のため来日したアメリカ人建築家、メレル・ヴォーリズが主人公。当初は近江八幡の商業学校で英語を教え、その後日本各地に多くの西洋建築を手掛けます。彼は日本人として生きることを選び、対米戦終戦後には昭和天皇を守るために奔走します。本の腰巻には『このラストシーンを描くために、私は歴史小説家になった』著者。と書かれています。

「銀河鉄道の父」
 銀河鉄道の夜の作者・宮沢賢治、その父の目を通して息子・賢治をはじめ家族の内面を描く内容です。今年5月に映画化され公開されるとのこと。

「家康、江戸を建てる」
 豊臣秀吉から関東への国替えを命じられた徳川家康が、当時低湿地だった江戸の土地を、治水工事、飲料水の確保、江戸城の建設にあたり適材適所の人材を配置し、開発していく様子が描かれた内容です。



by team_baku | 2023-02-05 12:00 | 所感・雑感 | Trackback

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